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株式会社ナイスケアは、大田区の他に目黒区、世田谷区、川崎市にケアマネ事業所があり、訪問介護、福祉用具のレンタル、住宅改修、ヘルパーの養成などを行っている他、デイサービスの運営もしている地域に密着した会社です。 |
今月は、60代でスクーターにさっそうとまたがり、どこにでも駆けつけるという元気なケアマネさんを紹介します。
江里口さんは、医療関係者でも、福祉の仕事をしていたというわけでもなく、元々は洋裁の仕事をしていた主婦でした。アメリカで仕事をしていたこともあり、洋裁の先生をしていました。
そんな江里口さんが介護の仕事に携わるようになったのには、去年91歳で亡くなったおばさんの影響が大きかったようです。
おばさんは長年、障害者施設の先生をされていて、亡くなる直前まで、頻繁にかかってくる教え子からの電話にもずっと出られていたという人望の厚い人でした。
以前から、時々おばさんの手伝いで、障害者施設でボランティアをするうちに、介護の仕事が身近なものになっていきました。
また、自分の両親だけでなく、ご主人の両親の世話をしていたということもあり、介護は生活の一部になっていきました。
そのような中、子育ても一段落した頃に、介護の現場は、区が介護を民間に委託し始める時代になります。偶然に見つけたヘルパー養成の記事を見て、自分でも出来ることはこれではないかと資格を取得します。
元来、子供のPTA活動や、地域活動などを精力的にこなしてきた江里口さんは、子供というのは家庭で3割、地域社会で7割の割合で育てられていると実感したそうです。だからこそ、地域に恩返しできたらという思いが人一倍強いのだと思います。
PTA活動をしていた当時は、子供たちの遠征先まで同行し、洗濯などの世話をしたり、子供のサッカークラブのチームメイトを家に泊めては同じお弁当を試合に持たせたりなど、色々と世話をやいていたそうです。
そんなエピソードを聞いて、思わず「世話好きだからケアマネさんが向いているんですね」と私が言うと、きっぱり否定されました。ケアマネというのは、やってあげたいという気持ちではいけない。自分は常に、私で良ければ、何か私でお役に立てるならば、どうぞ私を使ってくださいという気持ちでやっている、と謙虚に、しかしきっぱりとおっしゃられました。
たしかにケアマネさんというのは、その人のために何かをしてあげるというよりも、その人のために一番良い方法を見つける手助けをする人です。だからこそ、あまり入り込まず、ある程度の距離を保ち、常に第三者的な立場で見ていることが重要なのだと改めて思いました。
そんな江里口さんが常に心がけていることは、「自己研鑽を続けること」「謙虚な姿勢で傾聴すること」「ご本人やご家族に対しての精神面のケアを大事にすること」です。きっと、そのように心がけているからこその信頼でしょう。施設に入った人からもずっと連絡が来たり、亡くなった後もご家族から連絡が来たりと、江里口さんを頼りにしている人が大勢います。
江里口さん自身も、ケアマネという仕事が楽しくて楽しくて仕方がないそうです。今、人生を振り返ると、その時その時に一生懸命やってきたことが全て今につながっていると感じられるそうです。60代とは思えない若々しい江里口さんからは、情熱という言葉がぴったりくるようなオーラを感じました。お話のとおり、充実した人生を過ごしてきたからこそのものだと思います。私自身60代になった時、自分の人生を振り返り、江里口さんのように充実した人生を送った素敵な女性になっていたいと思いました。(2008年5月現在)
| しばらくの間、ケアマネさん紹介のコーナーはお休みさせていただきます。再開後は、大田区以外の地域のケアマネさんも紹介していきたいと思っておりますので、どうぞお楽しみに! |
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